5. 脳が外界を知るしくみ(後編)
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1. 聴覚
聴覚を引き起こしている外界の物理的刺激は空気圧の変化
鼓膜振動が聴覚系の近刺激
スピーカーが音源の場合、スピーカーの振動面が繰り返し動くことにより、それに応じて周囲の空気が圧縮されたり希薄になったりする
この空気の密と疎の繰り返し状態が私たちの耳の穴(外耳道)を通って鼓膜を振動させる
音を知覚した際の「大きさ」「高さ」「音色」という次元は、いずれも脳における情報処理の結果としての主観
それらを引き起こす物理次元としての刺激は、順に「空気圧の大きさ」「周波数」「空気圧の変化の複雑さ」
聴覚のもとになるこの空気圧の変化のことを、音圧とか音波と呼ぶことがある
鼓膜の振動は、その内側(中耳)にある耳小骨(ツチ骨, キヌタ骨, アブミ骨)によって次々に伝えられ、アブミ骨は内耳の蝸牛管内部のリンパ液を振動させる
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蝸牛管は渦巻状の形をしており、基底膜という組織が蝸牛管内部の手前から奥へと続いている
基底膜は手前ほど幅が狭くて硬く、奥に行くほど広くて柔らかいという、場所による性質の違いがある
基底膜の長軸方向に有毛細胞(内有毛細胞と外有毛細胞)が並んでおり、リンパ液が振動すると、それぞれの有毛細胞に存在している不動毛が揺れる
不動毛の膜には機械受容性カリウムイオンチャネル(圧が加わることによって開くタイプ)が存在しており、不動毛の揺れによってイオンチャネルが開くとここを取ってK+が有毛細胞の外から中へと流入する
一般の神経細胞の場合床となり、有毛細胞の場合K+は流出ではなく流入となることに注意
不動毛を外から取り囲むリンパ液中のK+濃度を比較的高く保つための機構が存在しているからである
K+は陽イオンであるから、それが流入することによって有毛細胞は脱分極する
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不動毛の揺れが大きいほどK+流入量も増え、脱分極もそれに応じて大きくなる
つまり、聴覚系における振動信号から電気信号への変換の場は有毛細胞ということになる
有毛細胞は軸索をもたず、活動電位は発生しない
脱分極の大きさに応じて有毛細胞から神経伝達物質が放出され、シナプスを介してその次の蝸牛神経へと信号が伝わる
聴覚経路は蝸牛管の後、オリーブ核、内側台形体核、外側毛帯核、下丘、内側膝状体を経て聴覚皮質(大脳の側頭葉)へと続く
聴覚経路は、耳と左右反対側の脳半球に向けて途中で交叉して聴覚皮質へと上行するものもあれば、交叉せずにそのまま同側の脳半球へと上行するものもある
鼓膜の振動の周波数(音の高さの知覚に対応する物理的刺激)情報が脳へと伝えられる様式
2つの機構が存在していると考えられている
基底膜の振動する位置が周波数によって異なることを利用しているというもの
一般に人間はおよそ20 Hz〜2万 Hzの範囲の振動を音として知覚するが、鼓膜の振動が高周波であるほど蝸牛管の入り口に近い方の基底膜が振動し、周波数が低くなるにつれて蝸牛管における主な振動位置が奥の方に移ることがわかっている
つまり、基底膜の長軸方向のどこに存在する有毛細胞が興奮するかが、振動の周波数を脳へと伝える信号となる
蝸牛管以降の聴覚系の部位(オリーブ核、内側台形体核、外側毛帯核、下丘、内側膝状体、聴覚皮質)いずれにおいても、この周波数局在という性質が保たれている
鼓膜の振動の周波数が、聴覚系の神経細胞において1秒あたりに発生する活動電位の頻度に移しかえられることにより周波数情報が伝えられるというもの
単一の神経細胞において数百 Hz以上の頻度で活動電位を発生させることは不可能
活動電位には、いったん発生したあと数ミリ秒間の不応期があるため
だが、聴覚系の複数の神経細胞の活動が組み合わさることにより数百 Hz以上の振動情報も伝えうる
知覚としての周波数弁別において、蝸牛管内の振動場所の違いが主に用いられているのか(場所説)、単位時間あたりに発生する活動電位の頻度が主に用いられているのか(時間説)については研究者間で一致をみていない
音源定位
動物にとって重要な役割を担う聴覚的機能のひとつ
音源が真正面よりも右にあるのか左にあるのかによって、左右の耳に到達する空気圧の大きさや到達する時間に左右間で違いが生じる
両耳性時間差
到達時間の違い
両耳性振幅差
大きさの違い
動物の聴覚経路における神経細胞から電気記録をおこなうと以下が見いだされる
ある特定の両耳性時間差が生じているときにもっともよく応答するような神経細胞(Brand et al., 2002)
ある特定の両耳性振幅差が生じているときにもっともよく応答するような神経細胞(Brugge et al., 1969)
なお、上下方向の音源定位については、耳(耳介)の不規則な形が手がかりとなって、わずかな音色の違いとして弁別できる(Oetrel & Young, 2004)
2. 嗅覚
嗅覚を引き起こす刺激は化学物質(匂い分子)であり、鼻の穴の奥上方(鼻腔上部)に存在する嗅細胞の受容体に結合する
マウスは約1,000種類、人間は約400種類の受容体をもつ
匂い分子が受容体に結合すると、嗅覚細胞内のGタンパク質を介したカスケードにより陽イオンチャネルが活性化され、イオンの流れが生じ膜が脱分極することで電気信号への変換がなされる
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それぞれの嗅細胞にはある一種の受容体のみが発現している
ちなみに匂い分子は40万種類以上あるとされており、ある1つの嗅細胞が複数種の匂い分子に応答を示すこともある
嗅細胞は活動電位を発生し、その軸索は嗅球(脳底部にある)の糸球という部分を経由した後、前梨状皮質や扁桃体、視床を経由して眼窩前頭皮質の嗅皮質(中央後部と外側後部)へと信号が送られる
嗅皮質中央後部の神経細胞は複数種の匂い分子に対して応答を示すことが多いので、匂い情報の統合に関与していると考えられる
一方、嗅皮質外側後部の神経細胞は単一の匂い分子に応答を示す割合が大きいことから、匂い情報の分析を担う脳領域と考えられる
3. 味覚
5つの基本味(塩味、甘味、酸味、苦味、うま味)それぞれに対応する受容体が存在し、舌の表面に存在する味蕾の中に、受容体を発現している味細胞が埋まっている
受容体が活性化されると、味細胞の膜の脱分極や細胞内Ca2+濃度の上昇が引き起こされる
ある舌の部分がどれか1つの基本味に対する感度がもっぱら高いといったような極端な領域の区別はないが、舌の部分(舌先、舌の両脇、舌の奥など)によって5つの基本味の応答比率が異なっている
咽頭にある味蕾は二酸化炭素に応答し、いわゆる喉越しの味に対応している
味覚経路は、延髄の孤束核、視床の後内側腹側核小細胞部を経て、体性感覚野および島皮質に至る
なお、第二次味覚野には味覚刺激と嗅覚刺激の双方に応答する神経細胞も存在しており、味覚と嗅覚の密接な関連が伺える
4. 体性感覚
皮膚感覚(触覚、温覚、冷覚、痛覚)と深部感覚を総称して体性感覚という
皮膚の下や筋・腱の中に様々な種類の受容器細胞が存在している
触覚
毛根終末
パチーニ小体
マイスナー小体
メルケル触覚盤
温覚
ルフィーニ小体
冷覚
クルーズ小体
痛覚
自由神経終末
機械的な刺激が受容器細胞に加えられると、その場で電気的な信号に変換される
たとえばパチーニ小体の膜には機械受容性Na+チャネルが存在しており、圧刺激によって開いてNa+が流入し膜が脱分極する
触刺激に対応する受容器細胞は上記のように複数の種類があるが、それぞれの受容野(皮膚における受持区域)の広さや、持続的な圧刺激に対する応答特性(圧の開始時点と終了時点でのみ応答を示すか、圧が加えられている間中持続的に応答を示すか)が、受容器細胞の種類ごとに異なっている
これらの受容器細胞が体性感覚系の一次神経細胞であり、その軸索が中枢神経系(主に脊髄であるが一部は脳幹)の灰白質部分に終わって、次の神経細胞へとシナプス伝達をする
上行経路としては後索-内側毛帯形と前外側系が主要な2つのものであり、投射先の体性感覚皮質は大脳の中心溝の後ろに存在する大脳皮質(ブロードマン1野, ブロードマン2野, ブロードマン3野)
ホモンキュラス
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体性感覚皮質の各領域の神経細胞が身体のどの部位からの入力を受けているか、その身体部を描いた図で示すと、身体の部分の順番は入れ替わっているところがあるものの、身体のパーツごとにまとまりのある対応関係があること、体性感覚の空間解像度が高い身体部分ほど体性感覚における割当領域も広いことがわかる
幻肢
何らかの理由で手または脚が切断された後も、失われた部分があたかも存在しているように感じる現象
幻肢が生じる原因に関する説明
投射の法則に基づくもの
ある体性感覚経路の途中で興奮が発生した場合でも、その信号は常に受容器細胞の存在する部位に対する刺激であると知覚されるという考え
例えば、手または足の切断面に何らかの触刺激が与えられた場合、もともと存在していた手足の先などの部分からの感覚と感じられるということ
体性感覚皮質の可塑性に基づくもの
手または足の切断によってその部位からの信号の到来が乏しくなった体性感覚皮質が、他の身体部位からの入力に占められるように変化した結果、手足以外の部分の皮膚に与えられた刺激による入力信号が、主観的には手足からの入力と感じられているのだろうという考え
5. モダリティ間の違い
視覚・聴覚・嗅覚・味覚・体性感覚の各知覚系(各モダリティ)
それぞれのモダリティの近刺激となる物理的刺激の性質は互いに異なっており、また主観的経験、つまり見る・聴く・嗅ぐ・味わうなどの経験もそれぞれ明らかに異なるもの
しかし、それぞれの知覚経路の初期段階を見てみると、いずれのモダリティにおいても、外界の物理的刺激の受容から神経細胞の膜電位変化の信号変換過程が存在しており、電気信号に変換したあとは、信号の性質(神経細胞の膜電位変化、および神経伝達物質によるシナプス伝達)にモダリティ間の違いは基本的にない
言い換えると、モダリティ間の主観的な差は、神経回路網の何らかの差異(信号の進み方や神経接続の仕方の違い)によって生まれているはずであるが、どのような差異が重要なのかについては解明されていない
→6. 記憶の座と記憶痕跡